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2021年10月13日水曜日

表現の自由《ヘイトスピーチ》

ヘイト・スピーチ(差別的表現,憎悪表現) 

(1)問題の所在 
・定義:①差別的表現,憎悪表現,ヘイト・スピーチの特徴の一つとして一般に,人種・民族・性別・宗教など,人の属性に着目して,その属性を共有する人々全体を一般的に誹謗, あるいは特定の無能力と結び付ける一連の表現を指す,とされてきた。 
    ②近年は,差別的表現・憎悪表現にあたるものの要素として,より厳密に,
 (a)自分の意思とは無関係に負わされた属性(民族・人種など)を理由として,
 (b)歴史的に差別され抑圧されてきた個人または集団に対して,
 (c)さらに差別を助長し,かつ憎悪を表明するような表現」
という三つを挙げるものも多く見られる。 
・例示:「~民族は日本から出ていけ」,「外国人お断り」,等々。 
・問題:このような差別的表現を取り締まることは,表現の自由(21条1項)の侵害になるのではないか。そのような差別的表現が,特定の個人の名誉を傷つける場合には,名誉毀損(刑法230条1項)として刑罰を科したり,不法行為(民法709,710条)として損害賠償を課す,というやりかたで,今の法律でも対応可能である。それを超えてさらに,集団全体に向けた差別的表現を取り締まらなければならない理由はどこにあるのか。 
(2)学説 
 A説(違憲説・多数説)
・結論:差別的表現を,法律等によって規制することは,表現の自由(21 条 1 項)の侵害となり違憲である。 
・理由:①差別的表現の定義はあいまいである(明確性の理論 )。 
    ②差別的表現が,民主主義と関わらない価値の低い表現だとのB説の主張について,差別的表現が重要な政治・社会問題を提起していることもある(真摯な態度で批判することと ,その表現に憎悪が含まれていることは両立する)。またある表現行為が保障されるべき根拠は,民主主義という目的に役立つからという手段的なものではなく,自己の思想・価値観を外部に表し社会に働きかける機会を保障することにある。 
    ③差別的表現は,ある社会集団の集団的名誉を損なうにとどまり,個人の名誉権を侵害する名誉毀損表現とは同列に扱えない。B説のいう個人の「尊厳」についても,この名誉権との違いがはっきりしない。また,差別的表現は,こうした集団的な名誉毀損は「社会道徳」「公益」に 反するから取り締まるべきだという見解もあるが,差別的表現の規制は表現内容規制,しかも見解(観点)規制であるため厳格な基準が必要となり,道徳・公益という抽象的な理由は,表現の自由の規制を正当化する目的とはいえない。 
    ④表現行為に対しては,国が取り締まるのではなく,自由に主張と反論を戦わせる中で真理に達することができるという「思想の自由市場」に基づく「対抗言論」の法理によるべきである。また,B説の理由④のいう「silencing 効果」論についても,これは,沈黙しているマイノリティに国家が積極的に働き掛けたり,他人に自分の主張を適切に理解させる権利がマイノリティにある,という議論につながるが,表現の自由から,こうした権利に対応する国の義務が発生するとは考えづらい。 
    ⑤差別的表現が「差別」(14 条 1 項)につながるという主張もあるが,差別的表現がなされただけでは,特に何らかの具体的な差別的な取り扱いがなされているわけではないため,表現行為の段階で取り締まるのは不必要・過大である。

B説(合憲説・有力説)
・結論:一定の要件のもとに,差別的表現を取り締まっても,憲法 21 条 1 項には違反せず合憲である。 
・理由:①定義のあいまいさについて,わいせつや名誉毀損の定義もあいまいであるが,しかし法律はこ れを規制し,学説も合憲だと考えている。また,憲法 14 条 1 項後段に関する誹謗(人種・信条・性別・社会的身分・門地)を,差別的表現だと定義すれば,かなり明確になる。 
    ②差別的表現は,民主主義に関わらない,重要度・価値の低い表現である。 
    ③個人の名誉とは同列に扱えない,とのA説の主張について,差別的表現は,ある集団を全体として誹謗すると同時に,その集団に属する人の名誉ないし「尊厳」を損なうという側面も持っている。集団への誹謗は,その集団に属する個人にとって,自分がその集団に属するというアイデンティティの持続を困難にする。 
     ④思想の自由市場・対抗言論について,思想の自由市場・対抗言論は,自分の自由な意思で選択した思想を,自分の言論で守るべきだ,という考えである。しかし,差別的表現の対象となっ ている民族・人種などの属性は,自分の意思とは無関係に負わされた属性である。このような属性に関する差別的言論について,反論して対抗しろという主張はナンセンスである。また,マイノリティが自分で反論して,偏見に凝り固まったマジョリティの差別感情をはねのけろというのもナンセンスである(また,たとえば 「~ 人は冷静な議論ができない 」 という誹謗に対して ,言われた側が反論しても ,その反論自体が感情的な反発として捉えられてしまい,反論が意味をなさないこともある)。さらに,ヘイト・スピーチは, マイノリティの発言を軽視・誤解するような風潮を社会に生み出し,それゆえ,マイノリティ の人々が発言することを困難にするsilencing効果。こうした風潮を取り除き,少数派の表現の自由を確保するためにも,ヘイト・スピーチへの規制が必要である。 
    ⑤平等原則との関係について,差別的表現の規制は,究極的には平等の保障を目指すものの,直接的にはそれを目指していない。むしろ,差別的表現が名誉権類似の人格的利益を侵害することを,差別的表現の規制の根拠とすべきである。ここでいう人格的利益とは,人間の尊厳(13 条前段)に関わる利益と考えられる。あるいは,個人の消しきれない属性において,むしろプライドを持って自分を自分として確立し,アイデンティティを保持しうることにおける利益である。 

(3)国際動向と日本法の対応 
・視点:①このような差別的表現については,人種差別撤廃条約という国際ルールが,各国に対して差別的表現を規制するよう要求し,特にヨーロッパ各国などは,このような差別的表現を取り締まる法律を作っている。 
    ②もっとも,日本は(アメリカと同様),このような差別的表現を規制することは,表現の自由の侵害になるおそれもあると考え,今のところ差別的表現それ自体を取り締まる法律は存在しない。日本も人種差別撤廃条約に加入はしているが,その条約の中の“人種差別的表現 を(刑罰として)取り締まるべきだ”という部分だけは,参加を見送っている(留保)。 
    ③2016年,日本でも,ヘイト・スピーチ対策法が成立した。もっとも,この法律には,
 (1)ヘイト・スピーチを国民自身に直接禁止する規定は置かれておらず
 (2)罰則も規定されていない。基本的には,
 (3)差別的言論の無い社会を生み出すために,国民に対しては「努力義務」が課され,
 (4)国には,「教育や啓蒙活動」等を通じてヘイト・スピーチの無い社会を作るための義務が課され,
 (5)自治体に対しては,こうした教育・啓蒙活 動を,国と役割分担しつつ行う「努力義務」が課されている,
という内容である。禁止規定や罰則が置かれていないのは,表現の自由への配慮と見ることもできるが,他方で本当にヘイト・スピーチをなくそうと思うのであれば,この法律に実効性があるのかどうかという疑問を投げかける見解もある。 

*最近の裁判例
① いわゆる「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が,在日朝鮮人の学校の前で,拡声器等を使って学校関係者に対して「ここは北朝鮮のスパイ養成所」などと発言・示威活動をしたため,学校関係者が在特会に慰謝料等を請求した,という事件がある。この事件での在特会の表現は,集団全体に向けた表現というよりも,その学校関係者という特定の人の名誉に関わる表現であるため,裁判所は,現行法の名誉毀損(不法行為 。民法709,710 条 )の枠内でこの事件を処理し,在特会に損害賠償等を命じた。その際,人種差別撤廃条約を持ちだし,これらの在特会の表現が,この条約で禁止されている差別的表現にあたると判断し,この点を,名誉毀損(民法 709・710条)になるかどうかを判断する際に考慮に入れ,日本の法律を人種差別撤廃条約に 調和するように解釈した点(法律の条約適合的解釈)が注目されている京都地判平成 25・10・7,大阪高判平成 26・7・8この事件については,さしあたり『平成25年度重要判例解説』の憲法9事件を参照。なお,上記のように,アメリカでは,差別的表現(ヘイト・スピーチ)を取り締まる法律そのものはないが,たとえば特定の民族差別等を動機とした犯罪(ヘイト・クライム)に対しては,刑罰を重くするというやり方があり,差別的表現については,場合によっては名誉毀損の枠内で,その刑罰を重くするという対応をとることがあるといわれる。この点も含め,差別的表現については,まず,高橋和之・大石眞編『憲法の争点』(有斐閣,第 3 版,1999 年)の「42 差別的表現」(棟居快行)と,内野正幸『差別的表現』(有斐閣,1990 年)が基本的な枠組みを示しており,参考になる。最近の議論状況としては,斉藤愛「表現の自由の現況」長谷部恭男編『論究憲法』(有斐閣,2017 年)415 頁。また,『論究ジュリスト』14 号のヘイト・スピーチの特集にある曽我部真裕論文(規制の可能性を肯定)と, それに関する座談会,さらに『別冊法学セミナー ヘイトスピーチに立ち向かう』(日本評論社,2019年)等参照。

② また,在日韓国・朝鮮人に対するヘイトデモの「差止め」を認めた裁判例もある。デモ隊は,「韓国,北朝鮮は我が国にとって敵国だ。その敵国民に対して死ね,殺せというのは当たり前だ」等の言葉を,街宣車やスピーカーなどで発していた。これに対し,川崎市内の在日コリアンタウンで民族差別解消等を目的として活動する社会福祉法人が,近日中に再度行われる予定のデモの差止めを求めた。この事件で裁判所は, やはり「ヘイト・スピーチ」という言葉は使わず,また,特定の者(上記の社会福祉法人の中の在日韓国・ 朝鮮人など)に対する「人格権」(「名誉」 や 「私生活上の平穏」など 。憲法13条)の侵害というかたちで,事案を処理している。この人格権の重要性を指摘する際に,上記の人種差別撤廃条約や,ヘイト・スピーチ対策法を挙げている。そして,一方で,こうした人格権を守るためには差止めを認める必要があるが,他方で差止めは,デモ隊の表現の自由(21条1項)の侵害になる可能性もある,とし,両者を比較考量して,差止めを認めるべきかどうかを判断した。その上で,このデモは違法性が高く表現行為としての重要度が低い),他方で差止めを 認めないと,将来,この法人のメンバーに対する著しい回復困難な損害が生じる恐れがあると判断して, 差止めを認めた横浜地方裁判所川崎支部平成 2 8・6・2

行政活動の基準(行政法総論)

  1.はじめに (1)行政訴訟において本案上の主張を展開するときには、多くの場合、行政活動の違法を指摘することが求められます。ここで行政活動の違法とは、行政活動が法に 違 ( たが ) うことを意味します。 (2)したがって、行政活動の違法を指摘するためには、まず、その...