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2021年5月15日土曜日

民法事例演習ー信頼関係破壊の法理

 <問題> 

甲土地およびその地上に存する2階建ての乙建物(3LDK=3部屋とリビングとダイ ニングキッチンの間取りの建物)を所有するXは、Yに対して、乙建物を目的として、月額 家賃15万円、敷金は家賃1カ月分、賃貸借期間10年、賃貸借の目的をY及びYの家族の 居住目的とする約束で賃貸した。その契約書の中には、「もしYが乙建物につき増改築をす るときは、賃貸人Xの承諾を要する。これに違反した場合には、Yは無催告で賃貸借契約を 解除され、目的物の返還を請求されても異議を述べることはできない」という旨の特約があ った。 ところでYは、それまで賃料を滞りなく支払う等、Xとの関係を良好に保っていたが、賃 貸開始から約9年経過後、Xの承諾を得ることなく、長女が本格的にピアノを習い始めるの に合わせて、乙建物の1階にある洋室に防音工事を施した(工事費用は約200万円。主な 工事の内容は、壁材を防音性能のある壁材に取り換え、窓を二重窓とし、部屋のドアを防音 性の高い扉へ変更する、というものであった)。その後、その工事を知ったXは、無断で工事したことを理由に、当該賃貸借契約を解除したうえで、Yに対して建物の明け渡しを求めた。 Xの主張は認められるか、改正民法の適用を前提として論じなさい。


■ 問題の所在 

 本問においてXは、Yとの間で期間の定めのある賃貸借契約を締結しているが、その後、 Yの債務不履行(特に、用法遵守義務違反)を理由に、契約の解除(民法 541 条、620 条。 なお、かつては、541 条適用説・非適用説が対立していたが、現在では適用することに異論 は見当たらない)をしたうえで、乙建物の返還を求めている(解除(民法 541 条)を原因と する賃貸借契約(601 条)の終了に基づく目的物返還請求としての乙建物明渡請求)。 

これに対して、Yは解除の成否を争うことになる。そもそも、法定解除が認められるため には、契約の相手方(本問ではY)が「債務を履行していない」こと(=債務不履行)が要 件となるが、この点、本問では、無断で増改築してはいけない旨の約定がある。そこで、もしYの行った行為が「増改築」に該当するのであれば、それをXの承諾を得ずに行っているため、用法遵守義務違反という債務不履行が認められることになる。 

しかし同時に、判例は、後述のとおり、形式的には賃借人に債務不履行に該当するような 行為があったとしても、賃貸借契約の性質に鑑み、解除を制限する法理(解除制限法理とし ての「信頼関係破壊の法理」)を確立している。これは、改正民法下でも引き継がれる法理 である。改正民法のもとで、信頼関係破壊の法理がどのように位置づけられるのかは、未知数な部分もあ る。中田 426 頁でも、「改正民法における信頼関係破壊法理の位置づけ」というコラムを設けて論じ ている。詳しくは同書を参照されたいが、要点は、「より一般的な規律の中で論じられる」可能性が あるという点である。すなわち、①解除制限は、「不履行の軽微性(541 条ただし書)」の解釈の中 で、➁無催告解除は、「債務者の履行拒絶(542 条 1 項 2 号)」や「履行見込みの不存在(542 条 1 項 5 号)」の解釈の中で、それぞれ論じるという考えである。 しかしいずれにしても、今まで構築された判例理論はそのまま踏襲されることが予想され、同法 理の学修が必須であることには何ら変わりがない。同法理を押さえつつ、依拠する条文が何になる のか、今後の裁判例・学説の動向を注視してほしい。そこで、その法理にあてはめてうえで、なお、法定解除の要件を充たすかどうかの検討が必要となる。 

さらに、本問においてXは、無催告 で解除を行っている。通常、法定解除を行うためには、 相当の期間を定めて履行の催告をしたうえで、その期間内に履行がないときにはじめて解 除ができる(民法 541 条。同条が法定解除の原則的条文であり、無催告解除を認める場合に ついて、民法 542 条で規定している)。しかし本問では、X・Y間の特約によって、無断で 増改築をした場合に無催告で解除ができる旨の合意がある。そこで、このような合意は有効 なのかも問題となる。また、そのような合意の有効性の有無にかかわらず、判例は、無催告 で解除ができる場合を認めている(上記とは異なる無催告解除法理としての「信頼関係破壊の法理」)。その基準に当てはめたうえで、無催告解除の有効性を検討する必要もある。

■ 解説 

 1.増改築禁止特約(前提の確認) 

法定解除(民法 541 条)が認められるためには、まず、Yに何らかの債務不履行が認めら れなければならないが、本問では特に、無断増改築禁止特約が盛り込まれている。そしてY は、Xの承諾なく乙建物の一階部分に防音工事を施している。これが「増改築」に当たるか どうか、(念のため)確認をする。 

同特約は、一般的な建物賃貸借契約の中に見受けられるものであるが、その趣旨は、賃借人が賃貸目的物について、同意を得ずに工事を行うことによって、賃貸目的物を原状に戻す ことが困難になること(なお、賃借人は賃貸借契約終了時に、原状回復義務を負う。民法 621 条)を未然に防ぐ点にあると考えられる。かかる趣旨からすると、「増改築」とは、賃貸目 的物の原状回復を困難にするような工事等をいうと考えられる。 

本件では、2階建ての3LDKの建物の一階部分の洋室部分への防音工事にすぎないが、 防音工事をいったん施してしまうと、原状回復の際には、施工された洋室の壁を大きく取り 換える必要も生じると考えられ、さらに窓や入り口に施された防音の設備の撤去と回復に 過分な費用が生じでしまうので、たとえ一室だけであったとしても、原状回復の際には、そ の回復が困難になることが十分考えられる。従って、本件のYがXの同意を得ずに行った防 音工事は、「増改築」にあたると考えられる。

詳細については割愛するが、事例中に「特約」が登場した場合には、①特約に対する合意の有無 (その特約について、契約当事者間で合意がなされたかどうかというレベルの評価)、➁特約の有効 性(その特約の内容が、民法 90 条、消費者契約法、民法における「定型約款」に関する規定などに 照らして、有効なものと評価できるかというレベルの評価)、➂具体的行為の特約該当性(特約が有 効であることを前提としつつ、問題となる具体的な行為が、特約に該当する行為か否かというレベルの評価)に分類することができる。そしてさらに、本問題のような不動産賃貸借事例においては、 ④特約違反があった(=債務不履行があった)としても、それが信頼関係を破壊するに至っている かというレベルの評価が加わる。

2.信頼関係破壊の法理 

不動産賃貸借契約においては、一般的な履行遅滞解除とは異なる解除の法理が、判例上で 確立している。それが、「信頼関係破壊の法理」である。同法理は、①解除を制限するため の法理と、②無催告解除を認める(=催告をすることなく解除を認める)法理という、2 つの方向で存在しているが、このうち、①については、以下のとおりである。 

すなわち、形式的には賃借人の債務不履行が認められたとしても、借地・借家契約を解除 するためには、信義則上、単なる債務不履行ではなく、当事者間の信頼関係が破壊される程度に至ることを必要とする、というものである。

〔数多くの判例があるが、一例として、最判昭和 41 年 4 月 21 日民集 20 巻 4 号 720 頁〕 「一般に、建物所有を目的とする土地の賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾をえないで 賃借地内の建物を増改築するときは、賃貸人は催告を要しないで、賃貸借契約を解除するこ とができる旨の特約(以下で単に建物増改築禁上の特約という。)があるにかかわらず、賃 借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても、この増改築が借地人の土地 の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上、許されないものというべきである。

解除制限としての信頼関係破壊の法理は、判例上、無断譲渡転貸(民法 612 条)の事例に おいて契約解除を制限する法理として登場したが(最判昭和 28 年 9 月 25 日民集 7 巻 9 号 979 頁)、それ以外の債務不履行事例にも用いられることとなった。例えば、借家における 賃料不払いの事例(最判昭和 39 年 7 月 28 日民集 18 巻 6 号 1220 頁)や、増改築禁止特約 違反の事例(最判昭和 41 年 4 月 21 日民集 20 巻 4 号 720 頁)などにも波及して、より一般 的な法理となっている。 

信頼関係の破壊の内容として、①賃貸人に重大な経済的損失を与える状況であれば、信頼関係が破壊されたことを認めやすく、②単に賃貸人の主観的・感情的な信頼を害するにすぎ ない場合であれば、信頼関係が破壊されていないと評価されやすい。いずれにせよ、形式的 には債務不履行が認められる状態なので、賃借人(債務者)の方が、信頼関係を破壊するに 足りない特段の事情を立証する必要がある。(仮に、改正民法のもとで、「軽微」性(民法 541 条ただし書)を検討することになっても、思考方法は同様である)

3.あてはめ 

 本問では、2階建ての3LDKの建物の一階部分の洋室部分への防音工事という、ある程 度限定的なものではあるものの、原状回復が困難となることも十分に考えられる「増改築」 に該当する。そのようなリスクを事前に回避するための特約であった(そして、その特約は、 建物の賃貸借市場でも一般的に認められている特約である)にもかかわらず、Yがそれに違 反しているのであるから、背信性がないと評価できる特段の事情は見受けられない。したが って、Xの解除は有効に認められ、Xの主張は認められるものと考える。

〔留意事項〕 

時に、判例法理を活かすことばかりを考えて、結果の妥当性が確保されない答案が散見される。「法 理を活用して規範を立てる」という作業は大切であるが、あてはめの段階でその法理の適用を否定する というのもあり得る。 

また、裁判例の射程にも十分に留意してもらいたい。たとえば、上記最判昭和 41 年は、「土地の賃貸借契約」における「借地内建物の増改築」の事例であり、「建物の賃貸借契約」における「当該建物の 増改築」の事例ではない。混同しないように留意されたい。有り体に言えば、建物を借りて無断で増改 築をしたのに、信頼関係が破壊されていないという類のあてはめは、(相当極端な特殊事情がない限り) 相当困難である。

4.無催告解除特約 

ところで、本問においては、XはYに対して無催告で契約解除をしている。これに関し、 賃貸人が解除をなし得るための要件を充たしているとしても、それを「無催告」で行うこと ができるか否かは、別に検討しなければならない。 

そもそも、民法改正を通じて、解除の要件は「重大な契約違反」に収斂し、催告解除はその一類 型にすぎないと捉えるように解除法体系が変更したのか、それとも、民法改正後も従来どおり、催告解除と無催告解除の二類型という解除法体系が維持されているのかは、今後の解釈論上の問題と して残っている。

 (1)無催告解除特約の有効性 

まず、法定の無催告解除は、民法 542 条に列挙されているが、本問に該当する事由はな い。しかし本問では、X・Y間において(単に無断増改築禁止の特約ではなく、無断で増改 築をした場合には無催告で解除ができるという)無催告解除の特約が付されている。このよ うな特約は、不動産賃貸借契約や物品売買契約においてよく見られるものである。 

そもそも一般論としては、相当な期間を定めての催告(民法 541 条)は、債務者が解除の 不利益を受けるのを阻止する最後の機会を与えるという意味において重要なものである。 したがって、その機会を奪うことは、債務者に不利益をもたらす特約ということになる。消 費者契約法、民法における定型約款の規定、一般規定(民法 90 条、1 条 2 項)などに基づ き、特約が無効なものと評価される余地は残されている。 

しかし他方で、判例は、原則的に、無催告解除特約も有効と解しており(最判昭和 37 年 4 月 5 日民集 16 巻 4 号 679 頁、最判昭和 40 年 7 月 2 日民集 19 巻 5 号 1153 頁、最判昭和 43 年 11 月 21 日民集 22 巻 12 号 2741 頁など)。また、特に「無断増改築禁止特約違反」の場合 における無催告解除特約は、増改築がなされた時点で、もはや原状回復が見込めない場合も 考えられ、そのような意味において、無断増改築をした場合には(例えば、賃料の支払遅滞などと比して)賃借人の背信性が高いことを考えれば、無催告解除特約の有効性も肯定されやすいのではないか。

(2) 無催告解除としての「信頼関係破壊の法理」(特約がなかったり、または、特約の効力 が否定された場合であっても、なお、検討すべき視点) 

上記のような無催告解除特約の有効性とは無関係に、個別事情において、判例による「信頼関係破壊の法理」により、無催告解除が認めうる余地は、なお残されているといってよい。 本問において、Yの背信性を強調した上で、無催告解除が認められることを導き出すことも 考えられる。 

〔最判昭和 27 年 4 月 25 日民集 17 巻 8 号 1069 頁〕 

「およそ、賃貸借は、当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから、賃貸借の継続中に、当事者の一方に、その信頼関係を裏切って、賃貸借関係の継続を著しく困難なら しめるような不信行為のあった場合には、相手方は、賃貸借を将来に向って、解除すること ができるものと解しなければならない、そうして、この場合には民法五四一条所定の催告は、 これを必要としないものと解すべきである。

かなりくどくなってしまうが、誤解のないように補足しておきたい。上記(1)では、特約の有効性 (そもそもこの特約は有効か)について検討する必要があることを示し、そのうえで、それとは無関係に(特に、仮に特約が無効と評価された場合に)、上記(2)のように、さらに、無催告解除を認 めるための法理としての「信頼関係破壊の法理」を検討してほしい、というメッセージのつもりで書いている。つまり、【(1)まず特約の有効性のフィルターをかけ(有効であれば、そ れで無催告解除が正当化される)、それが無効であったとしても、(2)個別的な事例(事情)の中で、 信頼関係破壊の法理を用いたうえで、無催告解除が認められる場合がある】という枠組みである。 (1)と(2)は別次元の問題であることを、しっかりと認識してほしい。

 参考文献 

 ・中田裕康『契約法』(有斐閣)423~428 頁 

・山本敬三『民法講義Ⅳ-1』(有斐閣)472~487 頁 

・潮見佳男=道垣内弘人編『民法判例百選Ⅱ〔第 8 版〕(有斐閣)60 事件


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