以下の「百選」は「憲法判例百選Ⅰ(第8版)」を指す。
1.素材となる事件――外務省秘密電文漏洩事件:西山記者事件(最 決 昭 和 5 3・ 5・ 3 1,百選 75 事 件 )
(1)事件のあらまし ⇒百選 75 事件の<事実の概要>を参照
(2)当事者の主張
ア 国(検察)の主張
・国家秘密を守ることは重要なため,これを聞き出そうとした者は誰でも犯罪になる(「秘密漏示そそのかし罪」(国 家公務員法 111 条・1 09 条 12 号 ・100 条 1 項)。ちなみに地方公務員は,地方公務員法 62 条・60 条 2 号・3 4 条 1 項 2 項))。新聞記者も例外ではない。
イ 記者(被告人・西山氏)の主張
・新聞記者には「表現の自由」(憲法 21 条 1 項)の内容として「取材の自由」が認められている。新聞記者が国家秘密を聞き出すことは,憲法で認められている取材の自由の行使であり,記者としての当然の仕事(正当業務行為。刑法 35 条)であるから,犯罪(「秘密漏示そそのかし罪」)にはならないはずである。
2.考えてみよう
(1)基本的知識の確認――報道の自由・取材の自由の意義 :<若干の復習と補足>
⇒名誉・プライバシー侵害を復習のこと(後述の博多駅事件決定が述べたように,国民主権・民主主義 にとって報道・取材の自由は大事)。
・判例:①報道の自由…「憲法 21 条 1 項の保障の下にある」
②取材の自由…「憲法 21 条の精神に照らし,十分に尊重に値する」
・分析:取材の自由は憲法上保障されているのかどうか,判例の立場は必ずしも明確ではないが,おそらく判例は,“取材は報道のために必要であるため,取材の自由も憲法上保障されるが,取材は「表現そのもの」ではなく,その前提・「手段」の一つにとどまるため,報道の自由よりも保障の程度が低い,そのため,その取材の自由への制約が憲法違反か否かを裁判所が厳格に審査する必要はない”という立場 に立っていると考えられる(後述のレペタ事件も参照)。
かつて最高裁は,後述の石井記者事件(最大判昭和 27・8・6)で,取材の自由について,憲法 21 条の保障は「公共の福祉に反しない限り,いいたいことはいわせなければならないということであ」り,「未だいいたいことの内 容も定まらず,これからその内容を作り出すための取材」活動が制限されるのは当然,という言い方をしており, 取材の自由を憲法で保障することについて極めて消極的であった。これと比較すると,上述の博多駅事件判決の 言い回しは,一歩前進しているともいえる。だがこの事件で最高裁が,「尊重に値する」という微妙な言い回しを し,「保障される」と明言しなかったのは,石井記者事件判決の考え方の影響が残っていることの現れともいえる。
・学説:(上記の判例の言い回しを批判して)報道は,取材・編集・発表という一連の行為により成立するもの であり,取材は報道にとって不可欠の前提をなすものであるから,取材の自由も憲法 21 条によって直接 「保障される」というべきである,と主張するものが多い。
(2)事件の解決のしかた
ア 最高裁判所はどう判断したか ⇒百選 75 事件の<決定要旨>を参照
イ 理解のポイント
・視点:①この事件では,外務省の事務官から外交機密を聞き出した新聞記者に対し,「秘密 漏示そそのかし罪」を適用し,刑罰を科することは,記者の取材の自由・表現の 自由(憲法 2 1 条1 項)を侵害することになるのではないか,という点が問題となった。
②つまりこの事件には,憲法の目から見た場合,A記者の取材の自由(憲法 2 1 条)の 保護と B 国家秘密の保護(記者を 有罪 と して刑罰を科す るこ と は, 国家 秘 密の保護に とっ てプラスになる) のどちらを優先すべきか,という問題が含まれているといえる。
③この問題の解決のしかたとして,論理的には,次の三つの可能性がある。
(ⅰ)常に B 国家秘密の保護が優位する(国(検察)の主張),
(ⅱ)常に A 取材の自由が優位する(記者の主張),
(ⅲ)ケース・バイ・ケースである,
④最高裁は,基本的に法律(刑法)解釈論を中心に検討しており,純粋な憲法論を正面から論じているわけではないが,あえて憲法の目から見ると,おそらく(ⅲ)の立場だと考えることはできる。というのは,最高裁によれば,A 取材の自由と B 国家秘密のどちらが優位するかは,一定の条件(( ア ) 報 道 目 的 ,( イ ) 取 材 の 手 段 ・ 態 様 の 相 当 性 )が満たされるかどうか,という点に左右されるからである。
⑤この事件では,条件(イ)を満たさないため,記者の行為は違法・有罪と判断されたと読むこともできる。しかし,もし記者が肉体関係を利用せずに常識的な範囲内での取材をしていたとすれば,国家秘密を聞き出したとしても無罪になる可能性が――少なくとも理論上は――ある。
なお,純粋に憲法の目から見た場合,このような形で,取材のやりかた(手段・方法)によって結論が変わるのはおかしいのではないか,という批判もあり得る。つまり,取材の自由と国家秘密のどちらが優位するのかは, A 記者に刑罰を科すことによって生じる取材の自由・表現の自由へのダメージと,B 問題となった国家秘密の重要性のどちらが大きいのかによって決めるべきであり,取材のやりかた(手段・方法)が妥当かどうかは,憲法 論としては関係のない事情なのではないか,という批判もあり得る。この点は刑法を一通り学んだあとで戻ってくると,より理解が深まる(はず)。刑法上のキーワードだけ述べておくと,最高裁は基本的に,犯罪行為に違法性があるかどうかを判断する際,こうした行為者の行為・手段の反倫理性も考慮に入れて判断する立場にある。 刑法では行為無価値論といわれる。これに対し,A と Bを純粋に比較衡量する立場のことを結果無価値論という。 憲法と刑法との関係を分析した専門書として,上田正基『その行為,本当に処罰しますか』(弘文堂,2016 年)。
ちなみに,この西山記者事件での(ア)目的の正当性や(イ)手段の相当性という判断枠組みは,刑法 35 条の解釈論として判例がしばしば用いるものである。すなわち被告人の行為が,形式的には犯罪を定める条文にあたる場合でも(国家公務員法が禁止する「秘密」の「そそのかし」にあたる。構成要件該当性。百選の判旨のⅠと Ⅱ),なお法令等に基づく正当な行為(刑法 35 条)として,違法性がなくなり犯罪が不成立になるかどうか(違法性阻却事由。百選の判旨のⅢ),という問題を判断する際に,判例がしばしば用いるのが,この(ア)目的の正 当性や(イ)手段の相当性という判断枠組みである。これに対し,目的・手段審査は,こうした 憲法上の権利(取材の自由)を行使している国民の行為ではなく,憲法上の権利の制約をしている国家の行為が 憲法上許されるかどうかを判断する際の枠組みである。両者を混同しないよう注意していただきたい。 他方で実は,(話をややこしくして申し訳ないのだが)この刑法の思考を,憲法の世界に応用しているのが,「三段階審査・比例原則」である。つまり,刑法の世界では,①まず,「刑法の条文が禁止してい ることを個人がやった」ことを確認する作業があり,これを「構成要件該当性」と呼ぶが,これを憲法の世界に 応用しているのが,「保護範囲」への「介入」である(「基本権構成要件」と呼ぶこともある)。すなわち,まず「憲法の条文が禁止していること(保護範囲)を国がやった(介入)をこと」を確認する必要がある。そして,刑法 の世界では,次に,仮に個人の行為が形式的は条文にあたるとしても,なお「正当な行為」として,違法性がな くなる場合があり(刑法 35 条や,正当防衛・緊急避難など),これを「違法性阻却事由」ないし「正当化事由」 という。この点を判断する際には,「目的・手段」審査が行われる。これを憲法の世界に応用したのが,「国の行為が憲法上の権利を制約しているとしても,なお「公共の福祉」のための制約として「正当化」される場合があ り,どのような場合に国の行為が合憲になるのかは,国の行為の「目的・手段」を審査する,という思考である。 この点に関する文献の紹介や,こういう刑法からの類推が妥当かどうかという問題なども含めて,本格的な研究 論文としては,小島慎司「憲法上の権利の防御権的構成について」上智法学論集 62 巻 3・4 号(2019 年)253 頁。
* 補足:特定秘密保護法との関係
最近成立した「特定秘密保護法」も,この「秘密漏示そそのかし罪」と同様の規定を置いている(同法 25 条・23 条 1 項)。そして,ある情報を「特定秘密」に指定する場合等には,①「国民の知る権利の保障に資 する報道又は取材の自由に十分配慮しなければならない」と定め(同法 22 条 1 項),②「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については,専ら公益を図る目的を有し,かつ,法令違反または著しく不当な方 法によるものと認められない限りは,これを正当な業務による行為とするものとする」と定めている。これ は,先ほどの西山記者事件の最高裁の判断を念頭に置いたものである。
なお,特定秘密保護法の適用の対象となる秘密とは,「国の存立にかかわる外部からの侵略等に対して国 家及び国民の安全を保障する」という目的のために秘密にする必要のある外交等の情報である。これに対し, 西山記者事件で問題になった「秘密漏示そそのかし罪」は,こうした特定秘密以外の秘密一般について適用される。一方で,こうした特定秘密は,国民の知る権利にとって重要な情報であるため,これを聞き出そうとした記者を有罪にできるかどうかを判断する際には,西山記者事件よりも厳しい基準で(つまり記者等を有罪にしない方向で)判断すべきだという意見もある。他方で,まさに秘密にする必要が高い情報であるからこそ,むしろこれを聞き出そうとした記者については,西山記者事件の場合よりも緩やかな基準で有罪にできる(つまり記者等が有罪になりやすくなる),という考え方もありうる。
3.その他の重要最高裁判例
(1)公正な裁判の実現の要請(37 条)との衝突①―取材テープの差押え・提出命令
・問題:①テレビ局などが報道のために撮影したビデオ・フィルムが,犯罪捜査や,それに続 く裁判における証拠調べのために差押え・押収されることがある。事件の現場など が撮影されていた場合,このようなフィルムが事件の真相解明にとって必要である ことは否定できない(「 真実発見 」,「 公正な裁判 」 の要請 。憲法 32条 ,37条 )。
②しかし他方,テレビ局としては,このビデオ・フィルムは報道目的のためにのみ収集したものであるから,これを他の目的に流用することはできないと主張している。 すなわち,こうしたビデオ・フィルム等を,報道以外の他の目的に流用することは, 報道のための取材に協力した人々の信頼を裏切ることになり,将来の取材活動にと っても不利益になる(報道 ・ 取材の自 由 。 憲法 2 1 条 1 項 )。
③それでは,「公正な裁判」と「取材の自由」のどちらを優先させるべきか。
ア 裁判所による取材フィルムの提出命令:博多駅事件(最 大 決 昭 和 4 4・ 11・ 2 6,百選 73 事件)
イ 検察官によるマザーテープの差押え:日本テレビ事件(最 決 平 成 元 ・ 1・ 3 0)
1988 年秋,国民の注目を引いたリクルート疑惑事件に関連して,衆議院の楢崎弥之助議員が,自分に対する贈 賄の容疑者である M を自分の部屋に招いて面談し,その模様の全貌を密かに 2 度にわたって日本テレビのカメラに収録させた。そして楢崎氏は,M を贈賄の容疑者として刑事告発をした。そこで検察は,M に関する贈賄事件 を取り調べる必要から,日本テレビが保管するビデオテープ 4 本を差押えた。これに対し日本テレビは,この差押えは報道・取材の自由を侵害すると主張。最高裁は次のように述べ,日本テレビの側の負けと判断。①取材の 自 由は憲法上尊重に値するが,適正迅速な捜査のために一定の制約を受ける。②この事件におけるテープは証拠上きわめて重要で,事件の全容解明のためには不可欠といえる。③他方,このテープは,すでに編集を終え,放送済みであるから,これを差し押さえたからといって放送に支障をきたすことはない。さらに,この事件では, 取材源である楢崎氏自身がこのテープを重要証拠としてあげており,テープの差押えによって取材協力者との信頼関係に影響が出るという事情はない。
・分析:最高裁は,博多駅事件と同様の頭の使い方(判断枠組み)でこの事件も処理した。しかし学説では,①裁判所(公正な裁判の担い手)の提出命令と検察官(裁判の一 方当事者)の押収 とを同列に論じるべきではない,②取材の自由と対立している「公正な裁判の実現」 (博多駅事件)と「捜査の必要性」(日本テレビ事件)とでは,その重要度が違うはずだ,と の主張がなされている。
ウ 司法警察員によるマザーテープの差押え:TBS 事件(最 決 平 成 2・ 7・ 9,百選 74 事件 )
・分析:この事件でも最高裁は,博多駅事件の判断枠組みを維持した。しかし学説では,上述イの②の点に加え,裁判所(および検察官 :裁判の主 体)と司法警察員(たんなる捜 査の担い手) とを同列に論じるべきではない,との主張がなされている。
犯罪事件の証拠集めは,①まず警察が現場の検証などを通じて,関係するものを集められるだけ集め(TBS 事件はこの場面),それを検察に送り,②その中から検察が,裁判に必要なものを取捨選択し,不足分があれば自分 で捜索・押収などして証拠を集め(日本テレビ事件はこの場面),裁判で提出し,被告人の有罪を立証しようとす る。③そして裁判になり,検察と被告人(弁護人)との主張・立証の争いの中で,それぞれが提出した証拠だけ では結論が出しにくい場合などに,裁判所が,一定の証拠を提出するよう命令することがある(博多駅事件はこの場面に近いが,厳密には刑事裁判にすべきか否かを判断する付審判請求手続)。①・②は「捜査の必要」のため 押収であり,③は「公正な裁判」のための提出命令である。収集される際の手続きの慎重さは,①<②<③と なる。そのため,①・②の場面で,取材テープの押収を広く認めるということになると,取材の自由へのダメー ジが相当に大きくなるのではないか,という問題があるとして,学説上,批判されているわけである。
もっとも,③博多駅事件は,有罪・無罪を決める刑事裁判そのものではなく,起訴する必要があるかどうかを 判断する不審判請求の場面であり,「捜査の必要」も考慮される場面であり,①②と区別する必要はないという見方もありうる。また,①・②の場面でも,警察・検察が押収する際には裁判官の許可(令状)が必要であり(刑事訴訟法で),その限りで無制限に押収が認められるわけではなく,手続の上でも特に問題はないと考えることも 理論上はできる。ただし実際は,こうした警察・検察による押収について,裁判所がダメ(却下)という場合はまずなく(全体の 0.02%ぐらい),裁判所のチェックがきちんと機能していないのではないかという問題もある。
(2)公正な裁判の実現(37 条)との衝突②―裁判での証言義務と「取材源の秘匿」
・意義:取材源の秘匿とは,記者が問題の情報を誰からもらったのかということを,他者には漏らさないこと, つまり外部にはニュースの出所(ニュース・ソース)・情報提供者(informer ; informant)をアイデン ティファイ(明らかに)しないことを意味する。
・根拠:①もし取材源が明らかにされてしまえば,情報提供者は記者への今後の情報提供を躊躇し,将来の取材活動への萎縮的な効果が生じる。
②新聞記者の側と情報を提供する側とのあいだに取材源を絶対に公表しないという信頼関係があっ てはじめて正確な情報が提供される。
③情報提供者のプライバシーのほか,社会的立場の保護するためにも,情報源を明かしてならない場合がある(内部告発の場合など)。
・問題:①取材源の秘匿は,少なくともジャーナリストの職業倫理としては,すでに確立された原則である。 しかし,憲法論・法律論のレベルで取材源の秘匿が認められるかについては議論の余地がある。
②裁判において,新聞記者等のジャーナリストが証人として呼ばれた場合,その記者は証言をする法律上の義務を負う(民事訴訟法 200 条・刑事訴訟法 160 条)。そして,その記者等が情報源について も包み隠さず証言することが,「真実」を発見し,「公正な裁判」をおこなうという観点からは望ましい(憲法 32 条,37 条)。
③しかし,情報源の秘匿が職業倫理として望ましいことは,上で述べたとおりある。法的に見ても,
(ⅰ)取材源の秘匿も取材の自由(憲法 21 条 1 項)として保障されるのではないか,
(ⅱ)また,医師や弁護士,宗教職にある者などは,仕事上知り得た秘密については裁判での証言を拒絶できるとされている(刑事訴訟法 149 条,民事訴訟法 197 条)。こういった職業は, 秘密についての信頼関係があってはじめて意味をなすからである。このような信頼関係を保護する必要性は,ジャーナリストと情報提供者との関係にも当てはまるのではないか。
④そこで,取材源の秘匿は憲法上保障されるか,保障されるとしても,「公正な裁判」・「真実の発見」 という要請と衝突した場合どちらが優越するか,が問題になる。
民事事件では,一定の場合には,裁判で証言の拒絶ができる場合があると法律(民事訴訟法)で定められてお り,その場合の一つとして,「職業上の秘密」(民事訴訟法 197 条 1 項 3 号)に関する事柄は証言拒絶ができると 定められている。そこで,実際の裁判では,ジャーナリストが取材源について裁判で証言を拒絶することは,こ の「職業上の秘密」にあたるのではないか,というかたちで,議論される。証言拒絶権(取材源秘匿権)を憲法 上の取材の自由として認める立場からすると,その事件で,取材源秘匿権(21 条)のほうが公正な裁判の実現(37 条 )よりも重要と判断されれば,その証言拒絶は,「職業の秘密」(民訴 197 条 1 項 3 号)にあたる,と解釈されることになる(判例を前提にすれば,「職業の秘密」のうち,「保護に値する秘密」にあたると解釈。もっとも最高裁は,後に見るように,憲法論には触れていない)。
他方,刑事事件の場合,この民事事件のように,「職業上の秘密」にあたる場合には証言拒絶ができる,という法律上の規定がない(刑事訴訟法 149 条参照)。そのため,ジャーナリストの取材源の秘匿をどのようなかたちで 認めるのか,という点が問題となる。最高裁は後に簡単に見るように,取材源の秘匿は憲法上保障されていない と判断した(石井記者事件)。他方で学説では,取材源の秘匿・証言拒絶は憲法上保障された権利であるから,憲 法から直接,証言拒絶権を導くべきだという見解や,医師などに職務上の秘密について証言拒絶を認める刑訴法 149 条の(類推)適用を通じて,記者の取材源秘匿・証言拒絶を認めるべきだという見解などが主張されている。
この点,刑事裁判では特に真実発見の要請が重要だという点に着目すれば,証言拒絶ができるのは刑訴法 149 条の場面に限定すべきだ(記者の証言拒絶まで認める必要はない)という方向になりやすい。ちなみに,刑事事 件について証言拒絶ができる場合の刑訴法 149 条の列挙(医師等)は,刑法上の秘密漏示罪(134 条)に対応している。刑訴法 149 条が医師等に証言拒絶を認めているのは,仮に裁判で秘密を証言すると秘密漏示罪になってし まうというジレンマを解消するための単なる確認規定に過ぎないのだと考えれば,証言拒絶ができる場合を,刑 訴法 149 条の列挙(医師等)に限定する必要はない,と考えることも可能にはなる。
ア 刑事裁判――朝日新聞石井記者事件(最大判昭和27・8・6)
・判旨:公正な裁判の実現は重要であるため,取材源の秘匿は憲法上保障されていないと判断。
イ 民事裁判①――北海道新聞島田記者事件(最決昭和 55・3・6)
・判旨:東京高裁は,取材源の秘匿が憲法上保障されているかどうかについては明言しなかったが,新聞記者の取材源に関する情報は,法律上,証言拒絶の対象となる「職業の秘密」(民事訴訟法 197 条 1 項 3 号)にあたる可能性もあると述べ,証言拒絶ができるかどうかは,証言拒否によって得られる利益(取材源の秘匿)と失われる利益(公正な裁判)とを比較衡量して決めると判断。結論として証言拒否を認めた(最高裁もその結論を妥当と判断)。
事件の内容は次のとおり。1997 年のある日,北海道新聞の朝刊に,「保母が園児にせっかん? 父母らが訴える」 という見出しのもとで,札幌市の篠路高洋保育園で,主任保母 A が騒いだ園児たちにかなりひどい体罰を課したというので,父母らの間でこのことが問題となっている旨を伝える記事が掲載された。A は,この記事は事実無根の,自らの名誉を傷つける記事であると主張し,新聞社を相手に裁判を起こした。この裁判において,問題の記事を執筆した島田英重記者が証人として呼ばれたが,島田記者は,その情報源についての証言を拒絶した。東京高裁は次のような判断を示し,記者の証言拒絶を認めた。①新聞記者の取材源は,証言拒絶ができる場合にあ た る(民事訴訟法 197 条)。②しかしながら他方,真実を明らかにし,「公正な裁判」をおこなう要請も無視できない重要なものである。③そこで,新聞記者が証言拒絶を行なうことができるかどうかは,取材源秘匿によって得られる利益と,公正な裁判の実現という利益との比較衡量によって決せられるべきである。この衡量の際には, 事件の重大性,取材源を明らかにする必要性(証拠の必要性),取材源を明らかにすることが将来の取材の自由に及ぼす影響,などが考慮されるべきである。④この事件の解決のためには,島田記者の取材減を明かすことが必須とまではいえず,記者の取材源秘匿は正当な理由がある。
ウ 民事裁判②――NHK記者事件(最決平成 18・10・3。百選 71 事件)
・判旨:上記イの東京高裁とほぼ同様の理由づけで,最高裁も法律上の証言拒絶権(取材源の秘匿)を認めた。
事件の内容は次のとおり。エフエルピー・ジャパン有限会社は,健康・美容アロエ製品を製造,販売する企業グループの日本における販売会社である。アロエ・ベラ・オブ・アメリカ・インクは,この企業グループのアメ リカにおける関連会社である。NHK は,平成 9 年 10 月 9 日午後 7 時のニュースで,エフエルピー社が 77 億円の 所得隠しをし,日本の国税当局から 35 億円の追徴課税を受け,さらにこの所得隠しに関わる利益がアロエ・ベラ・ オブ・アメリカにも送金されていたとして,アメリカ合衆国の国税当局も追徴課税をしたなどの報道をした。アロエ・ベラ・オブ・アメリカは,アメリカ合衆国の国税当局の職員が,日本の国税庁の税務館に対してこの情報を提供し,その情報が日本の報道機関に漏洩され,しかもそれが虚偽の内容を含むものであったため,株価の下 落などの損害を被ったと主張し,アメリカ合衆国を相手に裁判を起こした。この裁判の過程で,NHK の記者は記 事の出所について証言を求められたが,その記者は「取材源の秘匿」を盾に証言を拒んだ。最高裁判所は,この 記者の証言拒絶に正当な理由がある(=取材源の秘匿は職業の秘密:民事訴訟法 197 条 1 項 3 号にあたり,この 事件で問題となった取材源は「保護に値する秘密」だ)と判断した。百選 75 事件の<解説>を参照
(3)法廷における取材活動――「知る権利」の補足もかねて
ア 北海タイムス事件(最 大 決 昭 和 3 3・ 2・ 1 7)
・争点:法廷で写真撮影をする際には裁判所の許可が必要とする刑事訴訟規則 215 条等が,記 者の取材の自由(21 条 1 項)を侵害し違憲かどうかが争点となった。
・判旨:①報道・取材の自由といえども無制約ではなく(12 条・13 条 :公共の福 祉),「公判廷における審判の秩序」のために制約を受けると最高裁は述べ,刑事訴訟規則等は合憲と判断。
②その際,裁判公開原則(憲法 82条)は,「手続を一般に公開してその審判が公正に行われることを保障」する(密室裁判を防ぐ)趣旨(憲法 32 条, 37 条参 照)だと述べている(≒ 裁判公開原則があるからといって当然に写真撮影が許されることにはならない)。
イ レペタ事件(最 大 判 平 成 元 ・ 3・ 8, 百 選 72 事 件 )
・争点:法廷で傍聴人がメモをとることを裁判所が禁止したことが,傍聴人の取材の自由を侵 害するかどうかが問題となった(百選では引用が簡素なため,以下で補充)。
・判旨:①裁判公開原則(82 条 )は傍聴人に対してメモをとる行為まで保障したものではない。
②また「情報等に接し,これを摂取する自由」は,憲法 21 条 1 項の規定の趣旨・目的から,その派生原理として当然に導かれ(よど号ハイジャック記事抹消事件 :最大判昭和 5 8・ 6・ 2 2。 百選 14 事件参照 ),その情報摂取の補助としてなされる限り,筆記行為の自由は憲法 21 条 1 項の精神に照らして尊重されるべきである。
③「裁判の公開が制度として保障されていることに伴い,傍聴人は法廷における裁判を検分することができるのであるから,傍聴人が法廷においてメモをとることは, 尊重に値し,故なく妨げられてはならない」。
④もっとも,筆記行為の自由も,他者の人権や優越する公共の利益がある場合には一 定の合理的制限を受ける。そして筆記行為の自由は,表現の自由そのものではない から,メモ採取を禁止することが違憲か否かを裁判所が厳格に審査する必要はない。
⑤この点,公正かつ円滑な訴訟の運営のためには筆記行為の自由も制限を受ける。他方,そもそもメモをとる行為が訴訟の運営を妨げることは通常ありえず,傍聴人の 自由に任せるべきであり,それが憲法 21 条 1 項の規定の精神に合致する。
⑥もっとも裁判所には,法廷の秩序維持のためにとりうる措置を判断(法廷警 察権を行使)する裁量権(自由な判断の余地)があり,この事件でメモを禁止したことも違法ではない。
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